狼《オオカミ》と香辛《こうしん》料《りょう》 (は-8-1 \590 電撃文庫 Media Works)
作/支倉《はせくら》凍《い》砂《すな》
1982年12月27日生まれ。大学にて物理を学ぶ傍ら執筆した本作で第12回電撃小説大賞 <銀賞> を射止めて喜ぶのもつかの間、必修単位も射止めなければならない現実に泣き暮らす日々。数式を見ると眩暈がするのは量子揺らぎのせいだと信じて疑わない。
イラスト/文倉《あやくら》十《じゅう》
1981年生まれ。京都府出身のAB型。現在東京にて、フリーで細々と活動中。当面の目標は大きな本棚を買うこと。あと、神社霊場巡り。基本眠れれば幸せな人間です。
カバーデザイン/暁印刷
行商人ロレンスは、麦の束に埋もれ馬車の荷台で眠る少女を見つける。少女は狼の耳と尻尾を有した美しい娘で、自らを豊作を司る神ホロと名乗った。
「わっちは神と呼ばれていたがよ。わっちゃあホロ以外の何者でもない」
老獪な話術を巧みに操るホロに翻弄されるロレンス。しかし彼女が本当に豊穣の狼神なのか半信半疑ながらも、ホロと共に旅をすることを了承した。
そんな二人旅に思いがけない儲け話が舞い込んでくる。近い将来、ある銀貨が値上がりするという噂。疑いながらもロレンスはその儲け話に乗るのだが――。
第12回電撃小説大賞 <銀賞> 受賞作!
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序幕
この村では、見事に実った麦《むぎ》穂《ほ》が風に揺られることを狼《オオカミ》が走るという。
風に揺られる様子が、麦畑の中を狼が走っているように見えるからだ。
また、風が強すぎて麦穂が倒れることを狼に踏まれたといい、不作の時は狼に食われたという。
上手《うま》い表現だが、迷惑なものもあるのが玉に瑕《きず》だな、と思った。
しかし、今となってはちょっとした洒落《しゃれ》た言い方になっているだけで、昔のように親しみと恐れをこめてその言葉を使う者はほとんどいない。
ゆらゆらとゆれる麦穂の間から見える秋の空は何百年も変わらないのに、その下の様子は実に様変わりした。
来る年も来る年も麦を育ててきたこの村の者達も、せいぜい長生きして七十年なのだ。
むしろ何百年も変わらないほうが悪いのかもしれない。
ただ、だからもう昔の約束を律《りち》儀《ぎ》に守る必要はないのかもしれないとも思った。
何よりも、自分はもうここでは必要とされていないと思った。
東にそびえる山のせいで、村の空を流れる雲はたいてい北へと向かっていく。
その雲の流れる先、北の故郷のことを思い出してため息をつく。
視線を空から麦畑に戻せば、鼻先で揺れる自《じ》慢《まん》の尻尾《しっぽ》が目に入った。
することもないので尻尾の毛づくろいに取り掛かる。
秋の空は高く、とても澄んでいた。
今年もまた収穫の時期がくる。
麦畑を、たくさんの狼《オオカミ》が走っていた。



